浮世風呂 三編上(抄)


 春は曙に限る。だんだん白くなってゆくあらい粉のようだ。年の内のよごれを洗った初湯のかすんで見えるけむりがほそくたなびいている女湯の様子をなんとかして見ようとして松の内早仕舞という札がかけてある格子のあたりにとどまって障子の隙間から覗き見るとその様子がおもしろい。また、自分がいなか侍のような野暮な行動をするのは見苦しいことだ。白い物は正月の銭湯の三方とかいうようだ。ものはづけということば遊びのひとつだろうとはもっともだ。御祝儀の十二銅、男衆への水引きをかけた紙包を二つの三方にうづ高くして、雪消えぬ富士と筑波山(紙包の競い立つさま)をあらそっている。そもそもここには、神代のありさまをうつしたのだろうか。注連縄をひきわたした石榴口の後ろには、榊葉ではなく、松真木で風呂を焚く男で、庭火を燃やしている男がいて、湯汲場の高天原にあったとされる岩窟の堅固な戸をさっと開いてから、常闇に見間違えるような朝湯の湯気が、だんだんと晴れわたり、人々が、今は面白やというころ、髪飾りを少し天鈿女命のようにした女の指の爪に、糸道というものが残っているのは、世に言う舞子や白拍子と同じようなものと思って、「あの太政入道である平清盛が、世に立派でいらしゃったならば、白拍子がやってくるというのは、尋常のことに候。」などと言って見参申すべき愚かな者である。

 豊猫という18、9のういういしく愛らしい人がいた。外見通りの陽気で派手な娘だ。「おっと承知」というふうに、すぐに受けあったりするようなひょうきん者だ。顔をななめにそむけて、目を下の方に向けている。指二本で左の耳をひっぱり、あかすりで耳のわきを洗いながら小さな声で上方からやってきた流行歌を歌っている。

(歌)
「お客の嘘は、身受けして女房にしてやる。女郎衆のうそは、惚れました。芸者の嘘はお客をとりません。幇間の嘘は酔いました。茶屋の嘘は、遅くてもおはようございます。」

 もう一人は、おはねという21、2のやせっぽちだ。目を閉じて、額に眉を八の字にして、口をむすんで、鼻の下を長くのばしている。糠袋で顔を磨いているところだ。同じ仲間と見受けられる30くらいの若妻が、風呂の戸口へやってくる。その人の名は婆文字という。

ばば
[おや、おはねさんおはやいのう。」

はね
「婆文字さんですか。今朝は早かったんですね。」

豊ねこ
「婆文字さん。私たちにお詞がありそうなもんだが。そうすればいいのさ。」

ばば
[この人はうらみっぽいことを言うね。まだこっちの挨拶もおわってないのに。」

ねこ
「ふうそうですか。」

ばば
[豊ねこさん。明けましておめでとうございます。」

ねこ
「これは早々とありがとうございます。」

ばば
[そういえば昨年の大晦日はうまく始末がついたかい。」

はね
「おや、いやみなことを言うね。そうそう婆文字さん。あんたに逢ったらはなそうと思っていた。」

ばば
[なんだなんだ、まあ待ちなさい。おお寒い。寒いからちょっと温まってから聞きましょう」

と柘榴口に入って体をぬらしながら、始めから終わりまで内と外で話をしている。 (作者曰)二編女中湯の始まりにも、このたぐいの婦人だったけれどもここにもの同じたぐいを出すのは趣向が、めずらしくはないけれど、すべて女中湯の朝の間は、町芸者か、料理屋の娘、あるいは囲い者などが多く湯に入りにくるからやむをえない。ふるいものを用いて趣向は新しくして述べた。

ばば
[はの字、はの字なんの話ですか。」

はね
「あのね、三日前の晩の...おや三日前の晩と言えばもう去年だなあ。去年といえばとんでもなく時が長く経っている様だけど、大晦日と元日と夜が明けたばっかりで、去年というのもおかしいですね。」

ばば
[なんだな。お前の話はいつでもくだらない事ばっかり言うね。かんじんの用事は言わないで去年の解釈か。ああ、じれったい。それがどうした。」

はね
「いやね。暮れの二十九日の大雪の降った晩にね。陽気な様子で工左衛門が来たんだよ。」

ばば
[どこへ。」

はね
「物川へさ。」

ばば
[ふむ。」

ねこ
「工左衛門とは役者のような名だねえ。」

はね
「そうよ。大坂の人で浪花さんという雅号さ。その人の姿が工左衛門が演じる善六に生き写しだと思って、婆文字さんがあだ名をつけたのよ。」

ねこ
「ふむ。そうか。」

はね
「おまえを呼びにやったら、桃林だと聞いて、いつもの小言、さ。いまいましいがきだ。あのようなやくたたずはない。わしが呼ぶたびに来ない。ばかたれが。」

ばば
「おや、そっくり。おまえの上方詞は浪花さんがいるようだ。おおかた腹いっぱい悪口を、さんざん言ったあと、つまらない自慢を言うのだろう。ほんとうに目に浮かぶようだよ。」

はね
「拳が強いとうぬぼれているのさ。おや又忘れた。かんじんの用を言うのだった。」

ばば
「それ見るな、言わない事じゃない。」

はね
「それだって、口数が多い意からつい大事な事を言うのが遅くなる。あの、正月は、お屋敷のお礼を三日までにやり終えるから、五日の日には、舟で妙義さまへ参ると言いなさったよ。その事をおまえに忘れずに言っておいてくれ。だいたい間違わないけれど、約束もたいへんらしいから期待して待っていなと言いなさった。そのかわりに互いにの恨むことのないように、おまえとおれとねの字と、とよぶたさんと、黒文字さんと、この五人をつれて行くはずだ。
ばば
「フウ嬉しいのう。新年らしくてよいだろう。しかし浪花の酒癖には閉口するのう。」

はね
「その代わりに気がはらず、三味線がなくて気が楽でいい。」

ねこ
「浪花さんは、いつか太鼓庵で隣にあった座敷に居たお方ですね。」

はね
「そうさ。気さくでわかっているからすばらしい。」

ばば
「よっぽどいやみのないさっぱりとした人だから気前がいいよ。『二本めエには庭の松』じゃあないわな。」

ねこ
「あのもう。松づくしを唄う上方者ならお里が知れるなあ。」

ばば
「あれと伊勢音頭が上方者の得意としてよくするものだよ。しかし拳は強いな。自慢するのも無理じゃない。それだから他人の拳を見るとね。あの人のはや拳だ。あれは効果がない。や拳やで拳を使う人たちは、あほらしくて相手にできんわい。などと博徒仲間で下っ端の者に見ているんだよ。」

ねこ
「や拳、で拳とは何の事だね。」

ばば
「六や五やとやの字を付けるのがや拳さ。三で七で九でと、での字を付けるのがで拳だとさ。」

ねこ
「それなら何というのだろう。」

はね
「おめえやおいらのはみんなそのや拳やで拳などの下手な連中だ。それだから勝兵衛さんの拳を見な。でもやもないよ。」

ばば
「まぁ、ほとんどの人はその仲間さ。」

はね
「そしておいらが九というと笑いなさるが、本当の拳というものは、一二三四五六七八九というものだ。五とか七とかだというのは見当違いさ。」

ねこ
「無手と十は打つものではないと、お父さんが教えなさったが、おいらのようなへぼ拳じゃあなんにもならないなあ。一二三四五六七八九と打つのはどういうものだろう。」

ばば
「あれは古風さ。一本をいっこう、いっけんというのは悪いさ。拳のことばのほかに五つ六つと普通の数でいうのはかまわないそうさ。」

はね
「なんの道にも理屈があるなぁ。面倒くさい。両方から指を出して数が当たったら勝ちでよさそうなもんだ。」

ばば
「そうだが、あんまり負けると腹が立つよ。お客でも構わない。くやしくなってくるよ。」

はね
「おまえは意地が張っているから、確かに上手だ。」

ばば
「なんだな。誉めるのか、悪く言うのかわからねえ。浪花さんも奇麗な拳じゃあない。声は早くて手は全部出したままで、指をごまかすはな。」

はね
「おお、寒くなった。ねの字這入ろうじゃないか。」

ねこ
「さあ、這入ろう。」

とざくろ口にはいる。

ばば
「おまえたちが這入るなら、私はあがろう。」

はね
「おや、意地の悪い子だの。」

ばば
「それでものぼせるわな。初春早々湯で煮られるのもばかみたいだな。」

ねこ
「ゆでたき春の御寿じゃねえか。」

ばば
「へん。せいぜい洒落てくれ。」

はね
「私は風邪をひいていたので今日が初湯だよ。それだからやっと今日礼に出るのです。」

ばば
「私は元日に出た。」

はね
「私などとはちがってきちんとしてるんだね。ちょっとお衣装を拝見したいね。」

ばば
「長持七さおと箪笥が四さおあるから着物をどれにするかまよってしまう。」

はね
「そりゃそうとそれにきめたか。」

ばば
「そうさ。」

はね
「あらがお前にはよく似合うよ。」

ばば
「帯も以前に話した通りさ。」

はね
「うん、あれは良いだろう。」

ばば
「はい、ごめんなさい。出ます出ます。」

と言いながら、柘榴口を出て留めおけを使いながら、

ばば
「それならきっと五日だろう。」

はね
「ああ。」

(作者曰)このアと言うのは女の返答の言葉である。もちろん江戸詞に限られている以下を推量してしることが出来る。

ばば
「よしよし。又一日浪花さんをからかって遊ぼう。」

はね
「しかし口が悪いね。」

ばば
「憎らしいことを言うけど、気にくわないことは言わないよ。」

はね
「そこへかけては三徳さんだろうよ」

ねこ
「私が初めて芸者として客の座敷に出たとき、大変いじめられたよ。返吐芸者だ。なんだかんだ言いながらとひどいことを言って、しゃくにさわることだらけさ。それからいたたまれないから座敷を出ようと言ったらね、桃林の内でいうには、なに、あれはああいう癖で悪気はないが、言うことにトゲがある人だと言っていたけれど、段々と付き合っていってみれば。今ではその人の持ち前とおもうせいか耳にも残らない。」

ばば
「なんの。あの爺さまはくちばっかりさ。おいらぁ、ふざけてけんかをするよ。人をいやがらせて面白がるのが、悪い冗談さ。この間もおれのことおの、『てめえ、まあ、百七つの帯解でも祝うというのか、いい年をして。その眉毛は何のまねだ。ちょっとは鏡の手前の自分を恥じたらいい。その眉毛の生えぐあいから見れば、麻疹に三度、善光寺さまのお開帳には、七度半も行き廻っただろう。しわの間に白粉が入りこんで、もじもじしていることの、やれ、橋詰で箔代建立があきれる。とんだばくれん尊者だ。』などというのよ。」

ねこ
「にくいのう。」

ばば
「こっちもまけずに、アイサ。どうせ婆鯨舎は当然さ。それだから四十歳の祝いと一緒に赤飯を配って鯨舎をやめる覚期さ。おまえさんもよけいな世話やき爺だネと至っら、口のへらねへ事を言うな。客が世話やき爺に、鯨舎が百歳の婆じゃァ。むかしむかしあったとさ。どうりで料理茶屋も桃川だ。まああきれた口じゃぁねへか。」

はね
「つらのにくい人だね。」

ねこ
「あああったまった。モウ出よう。」

とまたぐ所へ外から入って来る婦人がいた。これもおなじ友達と見えて、年のころ二十七八 の 妙に得意げにふるまう女。囲い者と見 て間違いない。くちに水をいっぱいふくみてそっとはいって来て、豊ねこのはらのあたりへふっとふきかけ、わらっている。

ねこ
「ヲヲつめたい。誰だい、悪い事をするヲヤお囲さんか。びっくりな。にくいよモウ。覚えていな。」

かこ「オホホホホホいい気味、いい気味。ちょっと覚えていろなどと言われる筋合いはありません。先日の仕返しだよ。」

はね
「お囲さんか久しぶりだね。」

かこ「オヤおはねさんか。仲間がお揃いだね。」

といううちに、豊猫が又水をふくんで来て、おかこにふきかけてざくろ口で平手でぶちあい、きいろい声を上げて、キイキイといってたわむれる。ばば文字は上がり湯を浴びながら、

ばば
「又始まった。ホンニホンニいい気前だのう。」

と言いながら風呂に入る。

おかこ
「おはねさん。おまえきのうはなぜ来なかった。恨みな者だなあ。あれほど約束したのに。きのうはな、旦那様が一日おいでだったな。」

はね
「ほんとか。そのくせにきのうはうちに居たけれど、朝っぱらから気分がすぐれないことがあって寝ていたな。やっと今日年始の礼に出るくらいだから、これで察してくれ。」

かこ
「そんなら、旦那に頼んで、正月になって最初の座敷として婆文字を呼んでやればよかったなあ。惜しいことをした。」

ばば
「なにさ、口ではああ言うが、本当のことを言うと邪魔になるのさ。」

はね
「そうだろうのよう。男女の仲がよくて。」

かこ
「へん。かわいそうにそりゃないよ。きのうはの。酒孝さんと雅文さんと私の旦那と(作者注:旦とは旦那をしゃれたることば)三人でどこで落ち合ったか。おせじを言うようなやつらを四五人連れて押しかけたというものだから、大酒となって酔ってまるでしまりがなくなったさ。(作者注:だりむくれという方言をだりと略し、むくれとつめて通用するそうだ。)もう昆布鱈に鰤の糀漬というきまりきった酒の肴でもあるまいとか言っていろいろ取り寄せたあげくに、うちの旦那の思いつきがいいじゃあねえか。去年の暮れには年忘れをしたから、今日はめでたく年覚えをしよう。こうまたいい顔のそろう事もない。なんでもそれぞれ一番ずつ味わいやおもしろみがでるように工夫をこらして、穢細工の料理をしようと言い出すと、これはおもしろいとか言ってね。それぞれにどこかに行って考えてきたところがもうもう汚くてたまらないのよ。」

(作者頭注:だりむくの方言が世間に広まってから、今ではまたへちむくりというそうだ。)

はね
「いやだのう、かつてないことだ。」

かこ
「まず雅文さんが、新しい煙草盆を手に持って出てきたから見ると、火入れの中には、むしり海老を細かくして桜灰と見せて、中にちょんぼりと火のいけてある形が海老の殻の赤い所さ。側にある灰吹の中が雲丹さ。」

ばば
「ええきたない。」

かこ
「それからしゅこうさんが買ったばかりの耳盥の中へ、えまし麦に海苔のどろどろを混ぜたのさ。」

はね
「おや、おや、おや、きたない。それは、へどに見立てたのか。」

ねこ
「そうだろうよ。いやだのう。聞いただけでも胸が悪いよ。」

かこ
「そうすると旦那が新しい便器を持って出てきて、きたなそうにふたをつまんで側へ置くと、たくさんの汁に卵がといて浮かせてあるのさ。」

はね
「ええいやだ。行かないでよかった。なぜそんな悪ふざけを始めたのだろう。」

かこ
「時々あんなことがはじまるんです。器はどれも新しいから奇麗なことは百も承知だが、どうも食べるのは嫌だ。その他に五、六品あって、さすがに集まった連中もいやだったようで、冷めたらいけない。もうおやめなさいおやめなさいとかいってちゃんとした料理になったのさアハハハハ。あなたたちもうあがるのかい。」

はね
「ああ。」

かこ
「もう一度付き合ってはいんな。」

はね
「いやいや。」

かこ
「付き合いの悪い子だのう。」

この内ばば文字をはじめ三人ともぬかぶくろを水ぶねのわきでよくすすいでしぼり皆ゆかたになってあがり、きものに着替えて、

三人
「おかこさんごゆっくり。」

かこ
「さようなら。後にきっとあいましょう。」

「アイヨ」

とゆかたをかかえて駒下駄を履き障子を開けながら番頭にむかい

ばば
「久しくおゆかり様の手紙を見ないね。」

ねこ
「松葉のしの付いた初文が来ただろう。」

はね
「この番頭は色男だよ。何を見ている、見せな。」

ばんとう
「それ御覧なさい。大晦日の勘定だ。エヘヘヘ....」

と鼻の先へ突き出して笑っている。これだから、女遊びをするほどの威勢はない。ほんにこの頃は鍋鶴さんがしばらくお見えにならないね。」

ばば
「ああ、あの子は病気なんだ。お前見舞いにいってやりな。」

ばんとう
「やれやれ、そりゃあ本当に、ふう、なるほどそのせいかしばらくお見えにならねえ。私が見舞いに行ったらすぐに全快さ。はいさようなら。」

三人「はい」

と出て行く。

(作者曰)すべて女中湯は常に茶を出す家がある。また常に出さない家でも正月七日までは茶を出している。そのような類のたぐいの工夫はめんどうなのでここには書かない。